大切な家族の一員であるワンちゃんが白内障になって視覚を失ってしまったとしても、あきらめないで下さい。
白内障手術を適切に受けることで、再び視覚が取り戻せる可能性があります。
当院では超音波乳化吸引装置を用いて、
眼に負担の少ない白内障手術を行うことが可能です。
症例写真がございますので、閲覧の際にはご注意ください。
白内障とは
白内障(はくないしょう)とは、眼の中に存在する透明な水晶体に白い濁りが生じて、すりガラスを通したように視界がぼやけて見えにくくなる病気です。
水晶体の濁りがごく一部分である場合は、読書や自動車の運転などの眼を使っての高度な作業を必要としない犬にとって、生活の質が損なわれるようなことはありません。
ところが白内障が進行すると、視野のすべてが曇って物の輪郭がわからなくなり、明暗すらわからなくなってしまうこともあります。犬では両眼の白内障が進行すると、壁にぶつかる、食事やトイレの位置が分からない、家族とアイコンタクトがとれない(目が合わない)、散歩に行きたがらないなどの異常な行動が見られます。
「犬にも白内障があるの?」と質問されることも少なくありませんが、人間の白内障と同じように一般的な眼科疾患です。しかしながら犬の白内障と人間の白内障には年齢、原因、合併症の起こり方などが大きく異なり、付き合っていく上で理解しておく必要のある点がいくつもあります。
白内障の原因
人間では中年期から老年期に発生する加齢性の白内障が圧倒的に多いですが、犬の白内障の多くは遺伝性白内障であり、1歳未満の若齢から高齢まで広い年齢層で発症がみられます。また国内ではトイ・プードル、ミニチュアダックス、柴犬、ミニチュア・シュナウザー、アメリカン・コッカースパニエルなどで発生率が高いと言われていることから、これらの犬種を飼育しているご家族は注意が必要です。
糖尿病を発症した犬では、非常に高い確率(80%)で白内障が起こることも知られています。糖尿病白内障は両眼に起こり、進行が非常に速く短期間で完全な視覚喪失に至ることが一般的です。
緑内障や水晶体脱臼、ぶどう膜炎、網膜疾患(進行性網膜萎縮)などの眼内に起こる疾患、あるいは水晶体への穿孔性外傷なども、しばしば白内障の原因になります。稀ですが、中毒、発育期の栄養障害、放射線および電撃なども白内障の原因となります。
こんな症状があったら要注意
瞳孔が白く見える
白内障による水晶体の濁りは少しずつ進行するので、初期の白内障にご家族が気付くことは難しいでしょう。そのため瞳孔の中が白くなっていることにご家族が気付く頃には、かなり進行した状態であることが予測できます(図1)。
一方で、加齢によって水晶体の見た目が白っぽくなる(水晶体核硬化症;図2)こともあるため、ご家族の方や一般の獣医師にはその区別が難しいことがあります。瞳孔内が白っぽく見えることに気付いたら、早めの診察をお勧めします。
目が痛い/白目が赤く充血している
白内障が進行すると「最悪、目が見えなくなる」という認識をお持ちの方が多いようですが、実際には目が見えなくなるのが末期的な症状ではありません。見えなくなった白内障眼を放置しておくと、水晶体の中からその成分(水晶体タンパク質)が水晶体の外に漏れ出して、強い炎症(水晶体原性ぶどう膜炎)が起こるようになります。そうなると目が痛くて瞼を閉じたままになったり、白目が充血して赤くなります(図3)。このような症状がみられたら急いで受診することが必要ですが、そうなる前に診察を受けられることをお勧めします。
白内障の検査
白内障の診断は一般眼科検査を実施することで行い、白内障の有無と進行状態に基づく病期分類(白内障ステージ)の確認、そして炎症や緑内障などの合併症が起こっていないかを調べます。
一般眼科検査について白内障手術を実施する前には、より詳細な検査を実施する必要があります。
詳しくは「白内障診察の流れ」をご参照ください。
白内障のステージについて
初発白内障
水晶体の混濁が全域の10〜15%以内のものを初発白内障と呼びます(図4)。
視覚障害がみられることはなく、行動上の変化もなく、水晶体核硬化症がなければご家族が白内障に気付くことはないでしょう。
未熟白内障
水晶体の混濁が15%以上で、まだ全域が濁っていないものを未熟白内障と呼びます。
未熟白内障の早期(図5)では視覚障害がみられることはありません。混濁が進んだ終期(図6)には、視覚に関連した運動に障害がみられるようになるものの、視覚の完全な喪失はみられません。反対の眼に異常がなければ、ご家族は視覚の異常に気付かれないかもしれませんが、反対眼に視覚がない場合には視覚の異常は明白になります。
この時期には重大な合併症が起こっていないことから、外科治療を行う適期と判断されます。
成熟白内障
水晶体の混濁が全域に及んだものを成熟白内障と呼びます(図7)。視覚障害が顕著となります。
急速に成熟した白内障では、水晶体の体積が増加することで水晶体核にY字型の亀裂がみられるようになり、水晶体嚢の破裂やぶどう膜炎が起こるようになります。
過熱白内障
水晶体の混濁が全域に及んだ後、さらに水晶体タンパク質の変性が進行したものを過熟白内障と呼びます(図8)。
変性した水晶体タンパク質はやがて液化・吸収されて、水晶体の体積は減少していきます。液化が進むと、水晶体核だけが下方に沈下したモルガニー白内障(図9)を形成したり、嚢内の水晶体がほぼ消失して(図10)稀に視覚が回復することもあります。
このステージでは、ぶどう膜炎、緑内障、網膜剥離などが続発し、不可逆的な視覚喪失がしばしば起こります。このステージの白内障に対しても白内障手術を実施することは可能ですが、手術しても視覚が回復する可能性が低いことが予測されることも多く、その場合は手術をお断りしますのでご理解ください。
治療方法
外科治療について
水晶体の混濁による視覚障害を改善できる治療法は、混濁した水晶体を除去する外科的治療のみです。
犬においても白内障手術は広く普及し、超音波水晶体乳化吸引装置の高性能化によって、安全かつ安定した手術成績が得られるようになりました。当院ではAlcon社製の上位機種であるConstellation(図11)を白内障手術・硝子体手術に使用しています。それでも視覚が100%回復するわけではなく、症例によっては術後の合併症によって術前よりも目の状態が悪くなる場合もあります。
外科的治療の目的は、視覚の改善と白内障による合併症の回避です。白内障になった眼を放置あるいは不十分な内科的治療を継続した場合には視覚障害が続くばかりではなく、合併症によって眼球を温存できなくなる(眼球摘出を余儀なくされる)ことが知られており、国内の多施設の臨床研究によるとその割合は約40%であり、決して稀なことではありません。
白内障手術の注意事項
白内障手術によって長期的に視覚が維持できる確率は90〜80%と言われています。術後に視覚を喪失する原因としては、ぶどう膜炎などの眼内炎、緑内障および網膜剥離が挙げられます。手術手技や周術期管理の不備もこれらの原因となりえますが、以下に示しますように犬種、白内障のステージ、術前の合併症および全身状態が大きく影響します。
- ボストン・テリアやトイ・プードル、アメリカン・コッカースパニエル、ミニチュア・シュナウザー、ビションフリーゼ、ラブラドール・レトリーバーなどは合併症を起こしやすい犬種と言われています。
- 初発期および未熟期に比べて、成熟期および過熟期のほうが術後成績は悪いとされています。
- 術前にぶどう膜炎や眼圧上昇、水晶体脱臼、水晶体嚢の破裂など併発すると、術後合併症は起こりやすくなります。
- 瞳孔膜遺残や硝子体動脈遺残、水晶体の形状異常(後部円錐水晶体)などの先天異常も術後合併症の発生要因となります。
- 糖尿病の犬の手術成績は非糖尿病犬と同等であることが報告されていますし、当院の手術成績は糖尿病犬のほうがわずかに良好でした。しかしながら糖尿病犬では周術期のステロイドの使用制限、眼表面の状態が悪化しやすい、あるいはぶどう膜炎が発生しやすいなどの問題があります。
ご家族の負担・ご協力について
白内障の手術に際して、⒈手術のコスト、⒉頻回の通院、⒊自宅での頻回の点眼、4.エリザベスカラーの装着がご家族の大きな負担となります。
2~4について、以下で説明いたします。
⒉頻回の通院
紹介元でどの程度のフォローが可能なのかによって若干異なりますが、通常は術前検査、入院時、退院時、退院から1週間後、2週間後、1ヶ月後、2ヶ月後、3ヶ月後の8回の通院が必須ですし、その後は3〜6ヶ月おきの来院をお願いしています。
⒊自宅での頻回の点眼
術前3日~7日は1日7回程度、その後も1日2〜3回程度の点眼をお願いしています。合併症がある場合には当然ながら点眼回数は増加します。
4.エリザベスカラーの装着
かなりしっかりしたカラーを約1ヶ月間は装着します。これが一番辛いとおっしゃるご家族もいらっしゃいます。
白内障手術を実施可能かどうかは、手術を受ける動物の状態やご家族の協力なども含めて、多くの要因を考慮して決定されます。ご家族の治療に対するご理解無くしては手術を行うことはできません。そのために、正しい情報を提供し、丁寧に説明し、獣医師の考えとご家族の考えをイコールにできるようスタッフ一同、努力いたします。
内科治療について
白内障の治療薬はピレノキシンやN-アセチルカルノシンをはじめとして数多く存在しますが、混濁した水晶体を透明にできると証明されたものは一つもありません。白内障の点眼治療を行うメリットは、“点眼の度に目を見る機会があることで、早めに目の異常に気が付くことができること”くらいです。逆にデメリットとしては、“点眼に注力することで適切な白内障手術を受ける機会を失ってしまうこと”がもっとも大きいと思われます。その他にも、無駄な点眼による経済的損失・労力・点眼薬に含まれる防腐剤の眼への悪影響などがあります。
白内障の内科治療を選択する前に、外科治療と内科治療について正しく理解しておくことが重要です。内科治療に過度な期待を持ち、結果的に白内障手術の適期を逃してしまうようなことにならないよう注意しましょう。
内科治療を選択した場合は、ぶどう膜炎や緑内障、網膜剥離などの合併症が続発する可能性を考慮しながら経過観察を行うことが大切です。合併症が起こった場合には、必要に応じて治療を追加する必要があります。診察を受けないで点眼だけを漫然と続けるのは適切ではありません。
白内障診察の流れ
①診察のご予約
初診の方はお電話で、「白内障の診察を希望する」旨をお伝えください。 ご希望の日に眼科の診察が可能かどうか、確認いたします。
当院は完全予約制のため、予約なしで来院された場合は診察をお断りさせていただく場合があります。あらかじめご注意ください。
また、診察が可能であった場合でも待ち時間が長くなることが予想されるため、お電話での事前予約を行うことをお勧めいたします。
なお、遠方から来院される方で来院回数を減らすことをご希望される場合には、初回の診察と白内障術前検査を同日に行うことも可能です。その場合は術前検査の予約も必要となりますので、その旨をお伝えください。
②診察
初回の診察では、問診、身体検査、両眼の一般眼科検査(視覚検査、眼圧測定、細隙灯顕微鏡検査等)を行い、眼の状態を評価します。
他の全身疾患(糖尿病など)に関連した白内障が疑われる場合には、血液検査などを実施する場合があります。 診察の最後に、水晶体や前眼部の拡大画像をお見せしながら両眼の状態について説明します。
手術の必要がない、あるいは手術を実施できないことが明らかな場合には、必要な治療法を提示してそのまま経過を観察していただきます。
また、ぶどう膜炎が併発している場合は、炎症を抑えるための点眼薬や内服薬を処方します。
③術前検査
初回の診察で白内障の手術が必要と判断され、ご家族の同意が得られた場合には、以下の3つの目的で白内障手術の術前検査を受けていただきます。
一番の目的は、白内障になった水晶体を取り除くことで視覚が回復するかどうかを調べるためです。
網膜電図検査を実施して、網膜が光の刺激を電気信号に換える能力が残っていることを確認します。その能力を失っている眼に白内障手術を実施しても視覚の回復が期待できないからです。
二番目の目的は、白内障手術によって合併症が起こる可能性をあらかじめ知っておくためです。
先述したように、犬の白内障の多くは若年性で遺伝によるものです。同時に、緑内障や網膜剥離になりやすい素因をも併せ持っているワンちゃんが少なくないのです。特にぶどう膜炎が併発した眼では緑内障や網膜剥離の発生率が高くなることが知られています。
三番目の目的は、血液検査やレントゲン検査を行なって全身麻酔のリスクを知るためです。
④手術の予約
術前検査の終了後には、術前検査の結果をまとめた文書(図を参照)をお渡し、手術によって視覚が回復する可能性、合併症が起こる可能性、長期的な視覚の予後についてご説明いたします。その説明をご理解頂いた上で、手術を受けられるかどうかをご家族の方にご判断頂きます。
また、手術前後の点眼や内服、手術後の通院スケジュールについても併せて説明いたしますので、手術を受けられる場合は、ご家族のスケジュールとよく照らし合わせて手術日を決めて頂きます。
「ご予約の確認と注意事項」という書類にご署名を頂き、関連書類をお渡しいたします。これを以て手術の予約の完了となります。
⑤手術前について
術後1ヶ月間はトリミングを控えて頂きますので、手術予定日の5日前までに済ませるようにして下さい。
水晶体原性ぶどう膜炎の治療中のワンちゃんは、再発を防ぐために手術まで継続してその治療を行います。投薬を行っていなかったワンちゃんも、手術の3日前から消炎剤などの点眼と内服を開始します。
⑥手術前日
手術前日は、いつも通りに晩ご飯を食べさせても構いません。食べ残しがあれば、そのままにしておかずに就寝前には片付けるようにしてください。それ以後は食事を与えないようにご家族の皆様で徹底しておいてください。普段は食事を与えたりしない人がその日に限って与えてしまうことがありますので、ご注意ください。
お水は制限せずに自由に飲めるようにしてください。手術当日も引き続き絶食ですが、お水は自由に飲ませていただいて構いません。
⑦手術当日
手術当日は、指示してある投薬と点眼を済ませて午前10時30分までに来院してください。当日朝の投薬や点眼が難しかった場合には、無理して行う必要はありません。「今朝の投薬・点眼はできなかった」と、受付に申告ください。当院スタッフが代わりに行います。
来院時にはそれまでにお渡ししたすべての点眼薬、エリザベスカラー、タオルと、必要に応じて入院日数分の食事・薬をお持ち下さい。簡単な診察の後でワンちゃんはお預かりしますので、退院日時をご確認のうえお帰りください。
入院後は手術まで、頻回の点眼を行います。手術は全身麻酔下で30分前後かかります。麻酔が効いた後で眼の洗浄・消毒・ドレーピング(顔を滅菌した布類で覆う)を行い、手術後も覚醒までに時間がかかるため、実際の麻酔時間は1時間くらいになります。
手術後は2日間入院して、1日3回以上の眼科検査と、消炎剤や抗生物質の点眼と内服を行います。
⑧退院後
退院後は、ご自宅で点眼・内服治療を継続していただきます。
エリザベスカラーを適切に着けたままの状態で退院します。帰られた後でカラーを外したり、緩めたりしないようお願いいたします。
投薬ができなかったり、強い痛みがあるような様子が見られたり、何か心配なことがありましたら、すぐに病院まで連絡して下さい。
また、強い痒感(かゆみ)がある場合もご連絡をください。必要に応じて痒み止め等の処方を行います。エリザベスカラーを装着していても、飛び出した物に擦り付けて問題が生じることもありますので十分に注意してください。
術後、もっとも大切なことは安静を保つことです。ゆっくり歩く程度の散歩でしたら可能ですが、激しい運動は控えて下さい。
退院後の定期検査、診察は必ず受けていただくようお願いいたします。
退院後は1週間後、2週間後、1ヶ月後、2ヶ月後、3ヶ月後に来院していただき、診察を行います。順調であれば、エリザベスカラーは1ヶ月後の診察時に外せるようになります。
予防方法・注意点など
内科治療と同じように、予防効果が証明されている点眼薬もサプリメントもありません。そのため、白内障を進行させる可能性が高い紫外線から、ワンちゃんの目を守ってあげることが最も信頼できる白内障の予防法ではないかと思います。ワンちゃんを散歩に連れ出すときには、飼い主様だけ日焼け止めを塗るのではなく、ワンちゃんの目のことも注意してあげてください。
「それでも予防のために何かしてあげたい」と仰るご家族には、抗酸化物質のサプリメントをお勧めしています。白内障の予防効果がなかったとしても、身体のその他の場所に効くかもしれないからです。