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ナディア動物クリニック・動物眼科
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犬の角膜潰瘍

corneal-ulcer

角膜潰瘍は、激しい目の痛みに襲われる疾患の代表です。ある日突然、あるいは徐々に目を開けなくなり、
目ヤニが増えて、元気や食欲までも失うことが珍しくありません。
治療法が確立されている疾患ですので、適切な点眼治療を早期に開始できれば容易に治癒します。

しかしながら、数日で重症化して外科治療が必要になることも珍しくありません。
当院のように早期診断と適切な治療が実施できる施設に受診されることをお勧めします。
また外科治療についても、重症度によって最適な手術法が異なるので、手術症例数の多い施設にご相談ください。

症例写真がございますので、閲覧の際にはご注意ください。

角膜潰瘍とは

眼球の前面にある透明な角膜が溶けて、欠損する病気です(図1)。角膜の表面を覆う上皮が剥がれただけの軽症から、傷付いた部分に細菌が感染して角膜の融解がどんどん進行・悪化していく重症まで、さまざまな進行具合・重症度で角膜潰瘍のワンちゃんが来院されます。
「どんな角膜潰瘍にも効く」という点眼薬はなく、それぞれの病態に合わせて適切な治療が施されないと、最終的には角膜に穴が開いて(穿孔)、眼球内の組織が脱出し、眼球摘出を余儀なくされる可能性のある疾患です。

角膜潰瘍
(図1)

角膜潰瘍の原因

角膜潰瘍は角膜上皮(角膜の表面を覆っている薄い皮)の一部が欠損することから始まり、角膜上皮がなくなった部位に細菌が感染することで角膜の融解が始まります。
もっとも一般的な原因は、角膜への外傷です。犬同士の接触や物への衝突による外傷のほか、目の周りの皮膚が痒くて自分で掻いたり擦ったりしたことでも角膜上皮の損傷が発生します。
その他には眼瞼内反や睫毛異常(さかまつげ)、眼瞼腫瘍、眼瞼炎などの瞼(まぶた)の疾患や、目の中に混入した異物なども原因になります。
猫にも角膜潰瘍は発生しますが、屋内飼育が普及していることからケンカによる外傷は最近では少なく、ネコヘルペスウイルス1型感染症が原因となった角膜潰瘍がほとんどです(図2)。

ネコヘルペスウイルス1型感染症が原因となった角膜潰瘍
(図2)

また角膜上皮は涙液(なみだ)から栄養を補給しています。乾性角結膜炎やマイボーム腺機能不全、兎眼、眼瞼外反、顔面神経麻痺、大眼瞼裂などの疾患によって角膜が乾燥したり、涙液の供給が不十分になったりすることで角膜上皮が傷害を受け、そこに感染が起こって角膜潰瘍が発生することもあります。
角膜潰瘍が治癒しても、原因が取り除けていない場合には潰瘍がすぐに再発するかもしれません。角膜潰瘍と診断された場合には、その原因まで追求することがとても大切です。

角膜潰瘍が発生しやすい品種

角膜潰瘍はあらゆる品種の犬と猫で発生します。
実際に角膜潰瘍を発症して来院されるのは、鼻が短く目の大きな品種の犬が多いことが知られています。

  • シーズー
  • ペキニーズ
  • パグ
  • フレンチブルドッグ
  • ボストンテリア
  • チワワ
  • 狆 など

猫でも、鼻が短く目が大きなエキゾチックと呼ばれる品種で角膜潰瘍が多く見られます。

こんな症状があったら要注意

目が痛い

角膜潰瘍の眼では細菌感染が起こっていることから、強い痛みがみられます。目がぱっちりと開かないことに気付いて、ご家族は異常事態と認識することが多いようですが、「眼が痛い」と正しく判断されないことも意外に多いようです。「眩しそうにする」、「ウインクしている」、「目が小さくなった」、「眠そう」、「目を掻いている」、「顔を床に擦り付ける」、「顔が痙攣している」などの見た目の異常は、目の痛みに伴った症状であると理解してください。
また、目の痛みは食欲や運動性を低下させることも多く、全身的な疾患と勘違いされることもあります。


目ヤニが多い

角膜潰瘍が発生すると、ほぼ全ての眼で多量の膿のような目ヤニが見られます。この症状も角膜への細菌感染が原因です。正常な眼であっても目ヤニは見られますが、著しい流涙や眼の痛み(前述)を伴っていたり、目ヤニが悪臭を放っていたりする場合には細菌あるいは真菌(カビ)の感染が起こっていることが疑われます。

目からあふれた目ヤニは、可能であればきれいに取り除くようにしてください。乾燥した綿花やティッシュに目ヤニを絡めるようにして除去してください。目の周りになすりつけるように拭いてしまうと、目ヤニの中に含まれる炎症を起こす成分によって周囲の皮膚がただれてくることもあるのでご注意ください。拭き取ろうとした指に目を擦りつけてくることもありますので、決して無理はせずに病院へお連れください。


角膜が凹んでみえる

角膜潰瘍の特徴は角膜が局所的に溶けて凹むことです(図1)。ある程度進行した角膜潰瘍では、その凹みが肉眼でも見えるようになります。痛みで目を閉じたままの状態ではご家族には見えませんので、病院で確認するしかありません。角膜潰瘍の凹みが大きく、深いほど重症であると言えます。

潰瘍が治りかけて目の痛みがなくなると、目が開くようになってご家族が角膜の凹みを認識できるようになります。そのような場合は角膜の凹みを心配する必要はありませんが、獣医師の指示に従って治療は継続してください。

角膜潰瘍
(図1)
デスメ膜瘤
(図3)

逆に凹んでいた部分が飛び出してくることがあります。角膜潰瘍が進行して、角膜が穿孔(穴が開く)する直前にはデスメ膜瘤(図3)と呼ばれる隆起が見られ、とても危険な状態ですので、その目を掻いたり擦ったりしないように注意しながら、急いで来院することをお勧めします。


角膜潰瘍の検査

角膜潰瘍の診断は一般眼科検査を実施することで行います。角膜潰瘍の有無を確認するのはもちろんですが、以下のいずれの進行度・危険度であるかを区分して、治療方針の決定に役立てます。

一般眼科検査について
犬の眼科検査

角膜潰瘍の進行度・危険度について

角膜上皮びらん

上皮が完全に欠損していないものの、上皮の一部分を喪失した状態

角膜上皮びらん
(図4)

表層性角膜潰瘍

上皮が完全に欠損しているものの実質の融解が起こっていない状態

表層性角膜潰瘍
(図5)

実質性角膜潰瘍

上皮欠損に続いて細菌感染が起こり角膜実質が融解している状態

実質性角膜潰瘍
(図6)

デスメ膜瘤

実質融解が進行して実質が消失し、実質の後面に存在する柔軟なデスメ膜が眼圧に押されて前方に突出した病態

デスメ膜瘤
(図7)

角膜穿孔

デスメ膜が破れて眼内の液体(眼房水)が漏出している状態

角膜穿孔
(図8)

これは大切なことですが、診察時に角膜潰瘍だけを診るのではなく、その原因になると思われる別の眼疾患がないかをよく観察します。
また、角膜潰瘍に伴ってぶどう膜炎(図9)がしばしば起こるため、ぶどう膜炎の有無を確認するために角膜より後方にある前房をしっかりと観察する必要があります。ぶどう膜炎が起こると眼房水が濁ったり、前房の下方に蓄膿が見られたり、瞳孔が小さくなって開かなくなったり(縮瞳)します。

追加検査として、潰瘍部分を特別な綿棒で擦って原因となる細菌を採取し、染色検査や細菌培養検査を実施することもあります。これは治療方針を決定するために行う検査です。

ぶどう膜炎
(図9)

治療方法

角膜潰瘍の治療は内科治療と外科治療からなります。比較的軽症(潰瘍の範囲が浅い、小さい)で合併症もなく、さらなる悪化が予想されない実質性角膜潰瘍には、内科治療だけで治癒することが期待できます。

内科治療について

角膜潰瘍の内科治療は、原因の除去、抗生剤の投与、MMP阻害剤の投与、疼痛の管理および再発の予防からなります。

原因の除去

角膜潰瘍の原因とそれを除去するための対処法は以下の通りです。

原因対処法
眼瞼内反外科的矯正
睫毛異常抜去、外科的脱毛
眼瞼腫瘍切除と眼瞼形成
眼瞼(皮膚)炎消炎治療
外傷外傷治療
異物除去
ネコヘルペスウイルス1型感染症抗ヘルペス薬投与
乾性角結膜炎免疫抑制治療、点眼治療
マイボーム腺異常温罨法、マッサージ、投薬
兎眼点眼治療
眼瞼外反外科的矯正 点眼治療
顔面神経麻痺原因治療 点眼治療
大眼瞼裂外科的矯正

抗生剤の投与

角膜潰瘍の発生機序に細菌感染が深く関わっていることから、抗生剤の投与は必須です。抗生剤とは、細菌を殺したり発育できなくしたりする薬剤です。原因となる細菌に対する適切な抗生剤を選択する必要があるため、潰瘍部分から細菌を採取して染色検査や培養検査(前述)を実施したのちに、使用する抗生剤の点眼液を処方します。
感染を抑えることができたと判断するまでは1〜3時間おきの点眼を指示することもありますが、初期治療においては点眼回数を守ることは非常に大切です。


MMP阻害剤

MMP阻害剤とは角膜の実質が融解するのを防ぐための薬剤であり、角膜潰瘍が進行中の症例では必須と言えます。MMP阻害薬は何種類も存在しますので、使用する薬剤によって点眼回数は様々ですし、内服薬を併用することもあります。


疼痛管理

角膜潰瘍の疼痛管理には、各種点眼薬や内服薬が利用されます。角膜の痛覚は三叉神経を介して起こることから、副交感神経遮断薬である1%アトロピンが点眼薬あるいは眼軟膏として投与します。アトロピンを使用すると強力な鎮痛効果が得られますが、緑内障(高眼圧)や涙液産生の低下している症例では病状を悪化させる可能性があるため、十分に注意して使用します。

薬剤だけではなく、治療用ソフトコンタクトレンズも疼痛管理に利用できます。コンタクトレンズは、潰瘍部位だけでなく角膜全体を覆うことで、病変部の乾燥を防いだり、まばたきによる刺激を減少させたりすることで速やかに疼痛を軽減できます。

また、疼痛があるにも関わらず目を掻く行動がほとんどの症例で観察されます。新たな自己損傷や潰瘍の悪化を回避するためには、やや大きめで適切な硬さを持つエリザベス・カラーの装着が必須です。ワンちゃんやご家族にとって不快なカラーの着け方になりますが、自己判断でカラーを外さないようお願いします。重症例では、治療が振り出しに戻るよりも悪い結果を招くかもしれません。

適切な内科治療を開始しても、2~3日の間はすでに変質している角膜実質が融解を続けます。診察時には2~3日後の角膜の状態を予測して治療方針を決めるように心がけています。最初の診察の時にはまだ実質が残っていたとしても、2~3日のうちに実質がすべて融解し、デスメ膜瘤が形成される可能性が高いと判断した場合には、外科治療をお勧めするようにしています。


再発予防

再発予防は、原因の除去によって概ね達成できるでしょう。しかしながら、原因疾患が簡単にコントロールできない症例も存在します。比較的多いのは、乾性角結膜炎(涙が少ない)の症例と、眼瞼に掻痒性の皮膚疾患を持つ症例です。

乾性角結膜炎の症例には、涙液産生が回復するまで角膜保護の点眼を継続する必要があります。
また、眼瞼の皮膚疾患に対しては見た目の改善だけでなく、痒感がおさまるような治療を行う必要があります。自己掻痒がなくなるまではエリザベス・カラーの装着を継続する必要があります。


外科治療について

角膜穿孔の危険性があるくらい深くまで融解の進んだ実質性角膜潰瘍やデスメ膜瘤では、病変部の切除+実質の補填を目的とした外科治療(結膜フラップ移植術、角結膜層板状移植術、角膜移植術など)の併用が推奨されます。

涙液を産生する能力やまばたきする能力が低下し角膜が乾燥するような症例や、副腎皮質機能亢進症、甲状腺機能低下症、糖尿病などの全身疾患を持つ症例に対しても、角膜表面を保護することを目的とした外科治療(瞼板縫合、瞬膜フラップ被覆術)を併用することで、治癒率の向上や治癒期間の短縮が期待できます。 

瞼板縫合および瞬膜フラップ被覆術

瞼板縫合(図10)および瞬膜フラップ被覆術(図11)は、角膜の表面を物理的に保護することを目的とした外科治療法です。

瞼板縫合は、やや細めのナイロン糸を用いて上下の眼瞼(まぶた)を縫合して閉鎖する手術です。
瞬膜フラップ被覆術も、やや細めのナイロン糸を用いて瞬膜のT字軟骨に通糸し上眼瞼の外側にステントを通して縫合し、瞬膜で角膜の全面を被覆する手術です。
これらの二つの手術は、表層性から実質性潰瘍の症例に対しては疼痛の軽減を目的に適用できます。

瞼板縫合
(図10)
瞬膜フラップ被覆術
(図11)

また、感染が完全にコントロールされ、実質の融解もこれ以上は起こらないような深層性角膜潰瘍の症例に、穿孔の危険性を低下させる目的で実施することもあります。デスメ膜瘤や穿孔を起こしている症例や、感染がコントロールできていない症例には実施してはいけない手術です。これらの手術で角膜実質の補填も血液の供給もできないので、治癒することが確実な症例にのみ実施すべき手術です。

簡便な手術ゆえに「とりあえず」この治療を受けて、結果として悪化したワンちゃんがしばしば来院されますのでご注意ください。


結膜フラップ被覆術

実質融解の進んだ角膜潰瘍に対しては、結膜フラップ被覆術(図12)が実施されます。結膜フラップ被覆術は、角膜に接する結膜をうすく剥がして有茎状の結膜フラップを作成し、融解中の実質を切除した潰瘍病変に縫合する手術です。結膜は広範囲に存在することからかなり大型の潰瘍に対しても応用が可能です。
この手術では潰瘍部分に実質が補填できるだけでなく、血管を直接移植することによって治癒に必要な血液の供給が可能となり、治癒までの時間が著しく短縮できます。

欠点としては、移植片が最終的に不透明な瘢痕としてが残ることが挙げられます。

結膜フラップ被覆術
(図12)

なお、潰瘍が治った後にこの瘢痕を除去する手術を実施することも可能です。大型のデスメ膜瘤や穿孔が起こっている症例に対して結膜フラップ被覆術を実施すると、移植した結膜下にデスメ膜や虹彩が脱出して瘤状に隆起し治癒に至らないこともあるので、この手術法を選択するにあたっては注意が必要です。


角結膜層板状移植術、角膜移植術

デスメ膜瘤や穿孔が起こっている症例に対しては、結膜よりも強度の高い組織である角膜を移植する必要があります。角結膜層板状移植術(Parshall変法;図13)は、もっとも一般的な角膜移植術です。角膜潰瘍の近くの正常な角膜を層板状に切り出して角膜移植片を作成し、接している結膜を繋げたまま潰瘍部分に移植する手術法です。
丈夫な角膜移植片の圧迫によってデスメ膜瘤の再突出を防ぐことができますが、角膜潰瘍があまりに大きく、十分なサイズの移植片を切り出すことができない場合にはこの手術は実施できません。そういった場合には、グリセリン保存角膜あるいは反対の眼の角膜から角膜移植片を作製して潰瘍部分に移植を行うことが理想的です。

角結膜層板状移植術
(図13)
角膜潰瘍
(図14)

その他の手術法として、専用の生体材料を角膜潰瘍部分に移植することもできます(図14)。当院ではBiosisという豚の腸から作られた角膜移植用生体材料を利用して、良い成績を得ています。移植片が製品として販売されていることから、他の角膜移植法と比較して準備は容易であり、治った後の角膜の透明性は角結膜層板状移植術と同程度かあるいはそれ以上で、きれいな角膜になります。


角膜潰瘍の外科治療を受ける場合には、その治療の目的を明確にしておく必要があります。術後に角膜の凹みはなくなり、傷跡も最小で透明性が維持され、視覚もちゃんと残っていることが理想ですが、外科治療を余儀なくされるほど重症の角膜潰瘍ではそうならない場合があります。術後の眼の状態がどうなるかについて、十分な説明を受けて理解したのちに手術を決めるよう心がけてください。
視覚の改善が期待できない症例では、角膜の孔を塞ぐためだけに高額な費用と長い治療期間をかけるのではなく、より経済的にもっとも早く治療を終えることのできる眼球摘出術を選択したほうが良いかもしれません。

予防方法・注意点など

角膜潰瘍に一度なったワンちゃんは、また角膜潰瘍が起こることが少なくありません。それは角膜潰瘍が起こる原因がそのまま存在していることが多いからです。前に述べたように、どうして角膜潰瘍になったのか、その原因を究明して取り除くことが最大の予防方法と言えます。
特に、目を掻いたり、擦りつけたりしているワンちゃんはできるだけ早く痒みを止めるための治療を行う必要があります。

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